沿 革

土庄町における文化の発生は約2万5千年以前の旧石器時代に、また統治のはじまりは少なくともAD712年より以前にさかのぼりますが、中世以降は細川・豊臣・徳川等の管領として、おもに倉敷代官所の支配を受け、また、一部は津山藩領として明治維新を迎えました。

その後、明治4年の廃藩置県に際して津山県に属した後、同5年香川県、同6年名東県、同8年香川県全体が合併して愛媛県、同11年郡制実施に伴い小豆郡を設置し、同21年愛媛県の分割に伴う香川県の成立により香川県にと、名称は変わりましたが常に現在の香川県の一部として変還し、この間明治23年の町村制実施にともなって設置された土庄村(明治31年土庄町と改称)淵崎村、四海村、大鐸村、北浦村、及び豊島村の6か町村が昭和30年4月11日合併し新しく土庄町として発足、さらに同32年7月1日大部村を編入して今日に至っています。












オリーブの島

まちの歩み

基礎データ

特産品




まちの歩み

昭和30年 新土庄町発足・・・旧土庄町、淵崎村、四海村、大鐸村、北浦村、及び豊島村の6か町村が合併(人口24,041人、世帯数5,403戸、面積51.10平方キロメートル)
宝生院のシンパクが国の特別天然記念物に指定
昭和31年 観光小豆島の基礎・・・平和の群像建立、銚子渓開園、手延そうめん復活、オリーブが県花に、おりいぶ丸就航
昭和32年 大部村を編入・・・現在の行政区域となる。(人口26,558人、世帯数6,059戸、面積74.11平方キロメートル)
のり養殖開始
昭和33年 北浦有線放送開始、県道嶮岨山線着工
昭和34年 新町建設計画策定、福祉年金制度発足
昭和35年 土庄中と富丘中を統合、ユースホステル〜寒霞渓間県道完成、小豆島ユースホステル開業
昭和36年 拠出年金制度発足、土庄掛条埋立、ふえにっくす丸就航
昭和37年 温州みかん栽培始まる
昭和38年 町章を制定、東港建設に着手、国民宿舎「島の宿」開業、都市下水路建設に着手、豊島団地瀬土砂採取開始
昭和39年 土庄町教育憲章を制定、し尿収集を町営化、福祉制度充実、国民健康保険が世帯主に7割給付、土庄中西校舎廃止
昭和41年 小豊島分校、甲生分校廃止、県木にオリーブを指定、銀波浦ホテル群形成
昭和42年 土庄東港竣工、吉ヶ浦郵便局開局
昭和43年 町民交通障害保険発足、小豆島農協発足、自動車電話開始、本町交差点に信号機設置、組合立じん芥処理場完成
昭和44年 香川県小豆合同庁舎落成
昭和45年 指定金融機関を指定、伝法川橋・永代橋完成、第1回小豆島まつり開催
昭和46年 庁舎完成、北浦中を土庄中へ統合、町誌発行広域市町村圏設定、小豆地区消防組合、小豆島消防暑発足
昭和47年 長期振興計画を策定、老人医療費公費負担制度発足(75才以上)、消防署に救急車を配備
昭和48年 異常渇水、福祉電話の設置開始、小豆島まつり渇水のため中止、乳児医療費支給制度発足、土庄高校大部分廃止、四海中を土庄中へ統合、土庄町土地改良区(合併)発足
昭和49年 殿川ダム完成、重度心身障害者医療費支給制度発足、高額療養費支給制度発足
昭和50年 老人医療費支給対象を拡大(68才・69才)、肥土山舞台は国の重文に指定、高松航路高速艇就航
昭和51年 柚ヶ浜浄苑完成
昭和52年 大部中を土庄中へ統合
昭和53年 国民宿舎「島の宿」閉鎖、町健康づくり憲章制定
昭和55年 第1回瀬戸内海タートルマラソン全国大会開催、土庄港駐車場有料化、小豆地区広域行政事務組合を統合、土庄高校第2運動場落成
昭和56年 地籍調査開始
昭和57年 町総合計画策定、姫路-福田-池田-土庄間が国道436号に、八幡橋改築、第1回小豆島オータムレガッタ開催、中央公民館完成
昭和60年 合併30周年記念式典、町花・町木指定、津山市と歴史友好都市縁組
昭和62年 第1回小豆島オリーブトライアスロン国際大会
平成元年 小豆島、ミロス島国際姉妹縁組
平成 2年 土庄町シルバー人材センター開設


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